安楽日記

生活、聴いた音楽、読んだ本について、書いています。

【備忘録】ジョシュア・ベッガー『より少ない生き方』とSALUの作家性

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より少ない生き方

ジョシュア・ベッガーの『より少ない生き方』を読みました。

このジョシュア・ベッガーというおじさんはアメリカのミニマリズム運動の第一人者らしいです。

僕は「どれだけモノを減らせるか」「月10万で暮らす」みたいな事には興味はありませんが、ジョシュアさんの「必要なものだけ残して、余分な物を買っていたお金は恵まれない人に寄付しよう」という考えは、素敵だと思いました。

 

本書の中に、「現代社会は兎にも角にも物質主義すぎる」という内容が綴られています。

モノの少なかった昔はモノを手に入れる事が幸福に直結していましたが、現代ではそうではないよね、という主張です。

普通に生活しているだけで、日常的に「もっと金を使え」「あれを買えこれを買え」というメッセージを浴び続けているので、ついつい必要でないものを買ってしまう。でもそれって本当に幸せに繋がってる?と、ジョシュアさんの論は展開されます。

 

僕はそこまでテレビも雑誌も読まないですが、あるものによって、最近物質主義的な考えに染まっていた事に気付きました。

それはHIPHOPです。

最近のHIPHOPの曲を振り返ってみると、どうしても「俺はこれだけ稼いだ」「いい車に乗っていい酒を飲みまくっている」というような物質主義的なリリックが目立ちます。

「ボースティングはHIPHOPの文化なんだからしょうがないだろ」と言われれば、その通りなのですが、ボースティング文化が根付いたHIPHOPの中でも、物質主義的な考えを、批判するラッパーがいます。それはSALUです。

SALU以外にも、志人なんかは、物質主義から離れた考え方をしていますが、今回はSALUに焦点を当てて、語ってみたいと思います。

 

暴力と資本の支配じゃ

ゆとりでつくられた奴らはきかない

拝金主義 物質主義

マテリアルビッチじゃこの先無理

 

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In My Lifeのリリックです。

「マテリアルビッチ」はSALUの造語だと思われます。

「マテリアル」という言葉は、大学受験の英単語帳でしか、普段見かけることはありませんが、「マテリアル=物質的な、世俗的な、官能的な、肉体的な」のビッチという意味です。

欲しくもないものを手当たり次第に買う様子は、「物質主義」ではなく「マテリアルビッチ」であり、SALUのワードセンスが光るリリックですね。

 

少し話が逸れますが、マドンナの有名な曲に「material girl」という曲があります。

 

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この曲は、享楽的で物質至上的な考えの若い女性を歌ったもので、好景気に沸いていた当時の世界情勢も合間って、新しい女性像として受け入られてきました。

また、バブル前夜の日本でも当然、そのように受容され、マドンナ=マテリアルガールというイメージが定着していきました。

 

しかし、後にマドンナ自身が「私はマテリアルガールではない」と言っているように、マドンナはマテリアルガールを批判しています。

つまり、「material girl」は決して、物質主義的な考えを賞賛するものではなく、そのような女性を強烈に皮肉ったものなのです。

しかし、この曲の中で明確にそういった女性を批判するような文言はありません。

そのため、以後、多くの人々はマドンナのことをマテリアルガールの象徴として、憧れ、追いかけました。

 

深読みかもしれませんが、SALUはマドンナの「material girl」へのアンサーとして、あえて「マテリアルビッチ」という言葉を使い、「マテリアルビッチじゃこの先無理」と、あえて明確に否定したのではないかと思います。

正しく伝わらなかったマドンナの「material girl」に対して。

また、「ガール」とは言わず、あえて「ビッチ」としたのは、女性だけでなく男性(サノバビッチ)も対象に含める狙いがあったのではないかと思います。

そういった意味で、In My Lifeのこのリリックは凄まじいなと、聴くたびに感動しています。

 

 

また、SALUの物質主義的な考えに対する批判は他の曲でも垣間見えます。

 

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このGoodtimeのPVは、ゼイリブのオマージュがふんだんに使われています。

ゼイリブ通俗的な資本主義に対するカーペンター監督の嫌悪感から作られ、そういった社会に対するアンチテーゼを代弁する代表的な映画です。

 

Goodtimeのリリックには、直接的なことは綴られていませんが、あえてこれだけゼイリブのオマージュをするという事は、それなりの主張があると取ってみるべきです。

 

このようにSALUの物質至上主義的な考えに対する批判的な考えを拾ってきました。

しかし、先ほども触れたように、HIPHOPと物質主義的な考え方は切っても切り離せないところがあります。

それは、ゲットーで生まれたHIPHOPの原動力は「ラップで稼いで今よりもっといい暮らしをしよう」というものだからです(今はもっと多様になってきてますが)

「困難な環境から成り上がった」というストーリーと、「俺はこれだけ金・モノを持ってるぜ」ボースティングは切っても切り離せないところがありますし、HIPHOPを構成する上で、重要な事だと思います。

しかし、裕福な生活を手に入れた後にも「金を稼いで、いい車を乗って、いい酒を飲んで、いい女を抱いてる」というボースティングゲームに乗っかり続けた先に、何が残るのかは疑問です。更にその先に何を残せるかが重要です。

 

また、そういった成り上がりストーリーを、リスナーも感動ポルノ的な消費の仕方をしている側面もあります。

そこまで生活に危機的な不安を感じていない、いわば安全地帯から弱者の成り上がりを眺めて、感動に浸るような消費の仕方です。

そういった安全地帯から、無責任に「○○には頑張ってほしい」というリスナーに対して、SALUは「は?お前が頑張れ似非評論家」という言葉を投げかけたのかもしれません。

 

長くなってしまったので、今日はこの辺で。