こんにちは。安楽です。
私はウォーレン・バフェットの投資哲学が好きで、彼について書かれた本を読む事が趣味となりつつあります。
著者によって切り込む視点が違ったり、切り取られる時代ごとに評価のされ方が移り変わってくのが面白いからです。
最近では、バフェットの商社株への投資の影響もあり、「バフェットがどうして日本株を買い始めたのか?」という部分に焦点を当てた内容の本が増えてきています。
そんな中、興味深いタイトルのバフェット本が宝島社から出版されました。
タイトルの通り「バフェットは長期投資家ではない」という前提を元に書かれた本です。
本の帯には「投資の神様の虚像に踊らされるな!」という文句と共に、「S&P500の成績に負けた」等、「え、そうだったの!?」という内容が書かれています。
タイトルや帯の内容から分かるように、本書はバフェットに対してポジティブな内容が書かれた本ではありません。
「バフェットはみんなが思ってるより凄くないよ!」という主張が筆者が集めたデータを元につらつらと書かれています。
しかし、本書を読んでいるとあまりにもバフェットの投資手法を誤解していたり、事実誤認が多いのです。
素人が自費出版した本かと思いきや、著者の情報を調べると元日経新聞の方でした。
最近は投資に関するメディアの運営をしているようです。
今回は本書の誤っている部分を指摘し、どうしてこのようなトンデモ本が生まれてしまったのかを考えてみようと思います。
本書の主張と内容
本書の主張は主に3つです。
①バフェットは短期で売買を繰り返しているから長期投資家ではない
②バフェットは投資のパフォーマンスが高いわけではない。Apple株がたまたま当たっただけで、近年のS&P500のパフォーマンスにすら劣っている
③バフェットですら指数に負けているのだから、全員インデックスファンドに投資するべき。なんならバフェットもそう言っている
上記の3つの主張には、事実と誤りが混在しています。
一つずつ見ていきましょう。
①バフェットは短期で売買を繰り返しているから長期投資家ではない
バークシャー(バフェットが経営する会社)は、Apple社のような一部の株式を取得しているような会社の株式については頻繁に売買をする事で知られています。
バフェット本人もそう公言しています。
しかし、株式を100%取得した完全子会社に限っては、基本的には売却はせず永久保有することを明言しています。
(実際に子会社化してから売却された会社の数はゼロに近い数字だったと記憶しています)
そのため、正確には「(部分所有する企業への投資については)短期で売買を繰り返しており長期投資家ではない」という表現が正しいです。
後述しますが、バークシャーのポートフォリオには多くの完全子会社が含まれるため、部分所有する企業への投資だけを切り取って「短期投資家だ」という事に何の意味があるのかは分かりませんが、書籍のタイトルで鬼の首を取ったように書くことではないのは確かです。
この時点で、筆者の前田氏は経済ジャーナリストでありながら、バフェットについてはあまり知見がなく、大して情報も調べていない事が分かります。
バフェットは投資のパフォーマンスが高いわけではない。Apple株がたまたま当たっただけで、近年のS&P500のパフォーマンスにすら劣っている
帯にも記載がある通り、本書では「2013年から10年間はバフェットはS&P500のパフォーマンスに劣っている」という主張がされています。
しかし、バークシャーの株価が2013年から2023年現在までに約315%上昇しているのに対して、S&P500は約219%しか上昇していません。
チャートを見ると秒速で分かるように、帯の内容は真っ赤な嘘です。
このような虚偽の内容が書かれてしまった理由には、ある致命的なミスがあるのですが、それについては後述します。
バフェットですら指数に負けているのだから、全員インデックスファンドに投資するべき。なんならバフェットもそう言っている
先述したようにバークシャーは指数に負けていません。
勿論、単年でパフォーマンスが劣っている月はありますが、中長期的に見るとどの期間を切り取っても指数に負けている事はありません。
本書では「バフェットですら、サルがダーツを投げて銘柄を選定するよりもパフォーマンスが低いのだから、インデックスに投資するべき」というような主張がされています。
多くのアクティブファンドは、確かにサルがダーツを投げて銘柄を選定するよりもリターンが低いです。
しかし、先述のようにバフェットは指数を上回る成績を上げていますし、腰を据えて投資をする人には分散投資ではなく集中投資をしろと一貫して伝えています。
よくインデックスファンド推しの人が効率的市場理論を引き合いに出しつつ「バフェットもインデックスを推している」と話している事が多いのですが、バフェットは効率的市場理論を毛嫌いしているため、2つの情報をデタラメに結びつけて語ることは避けなくてはいけません。
ここまで説明したように、本書にはあまりにも多くの事実とは異なった内容が書かれています。
ここまでの指摘は重箱の隅を突くようなものではなく、すべて本書の本旨に関わるような部分です。
本書の筆者の前田氏は金融業界に明るそうな経歴の方です。
では、どうしてこのようなデタラメ本が出版されてしまったのでしょうか?
本書のバークシャーのパフォーマンスの測定方法
本書はバフェットの投資パフォーマンスを図る上で、Form13Fの内容を元にデータを分析しています。
Form13Fとは、四半期ごとに1億ドル以上の資産を運用する機関投資家がSECに提出する報告書の事です。
よくメディアで「バフェットが〇〇を買った/売った」というようなニュースが報道されますが、それらは大抵このForm13Fの情報を元にしています。
下記は2023年9月末時点のバークシャーのポートフォリオが記載された表です。
どの会社の株をどのくらい取得しているかが分かるため、時系列にForm13Fの内容を分析することでバークシャーが投資でどれくらいの利益を上げているかを知ることができます。
例えば、「前回は報告書にあった会社Aがなくなったので、どこかで売り抜けたんだろう。仮に取得単価を〇〇として、売却単価を〇〇とすると、〇〇ドルの利益が出ていることになる」というような計算方法です。
ざっくりではありますが、このような手法でおおよその投資パフォーマンスの測定は可能です。
こうして前田氏は地道に過去数十年間のバークシャーのパフォーマンスを分析していきます。
確かにForm13Fの情報を分析すると、バークシャーの投資パフォーマンスが飛び抜けて良いわけではありません。
そして、Form13Fに記載のある銘柄は入れ替えが激しいため、"部分所有している銘柄に関しては"短期投資家であるという側面が浮かび上がってきます。
この情報を元に、前田氏は一貫して「バフェットは長期投資家ではないし、投資パフォーマンスも高くない」という主張を続けます。
しかし、この分析手法には致命的なミスがあります。
Form13Fに記載されていない情報がある
Form13Fには、機関投資家による上場企業の証券の保有状況が書かれています。
そのため、バークシャーが買収して非上場化した企業や、そもそも上場していない会社の保有状況が記される事はありません。
そのため、数兆円の売上があるガイコや、ミッドアメリカン・エナジーへの投資パフォーマンスをForm13Fの報告書から知ることはできないのです。
バークシャーの傘下には、60社以上の子会社があります。
バークシャーの利益の大半はこれらの子会社の収益からもたらされており、Form13Fに記されているような投資収益は全体の20%もありません。
(2015年時点の少し古いデータですが、利益構造は大きくは変わっていません)
そして、60社以上ある子会社からの利益もバークシャーが「投資」をした結果に他なりません。
投資家のパフォーマンスを測る時に「非上場企業への投資利益はノーカンで!」というルールは聞いた事がありません。
あくまでも投資全体のパフォーマンスを見て、投資家としての資質を測るべきです。
バークシャーの全体利益の20%以下しかない上場企業株式の投資の利益のみを見て、「バフェットのパフォーマンスが低い」というのは、あまりにもナンセンスです。
そのため、バフェットの投資パフォーマンスを分析するのであれば、Form13Fの情報ではなく、毎年の決算情報を見るべきでしょう。
Form13Fの情報だけを見て、バフェット(バークシャー)を「解剖」しようとするから、このような致命的な誤りを犯してしまうのです。
仮説ありきで情報を集めると陥る罠
前田氏は「バフェットは短期投資家でそこまでパフォーマンスが高いわけではない」という自身の仮説を元にForm13Fのデータの分析を始めて「やっぱり僕が思った通りだ!」と喜び、そのまま本にしてしまったのかもしれません。
或いは、自身の仮説を正当化するために敢えて、Form13Fの情報に限った分析をする事で扇状的な逆張り的内容の本を作りたかったのかもしれません。
本書を読むと分かりますが、前田氏はForm13Fから分かるバークシャーの情報を非常に地道に分析しています。
膨大な銘柄の取得時期・取得価格・売却時期・売却価格を一つずつ調べ、読者に分かりやすいように綺麗な表にまとめてくれています。
Form13Fの情報だけではバフェットの投資を理解することは到底できないため、どんなに正確に分析をしても無益なデータであるには変わりがないのですが、地道にデータを分析する前田氏の姿勢には、人を欺いてやろうという気持ちは感じられません。
本書の前田氏のように、仮説ありきで情報を集めて自信満々に誤った結論を導き出してしまうことは誰にでもあります。
私も大学1年生や2年生の頃には、捻った論文を書いてやろうと思い、逆張り的な仮説を元にデータを集めていった結果、トンデモ論文を爆誕させてしまう事が多々ありました。
誰しも通る道だし、キャリアを重ねたとしても陥ってしまうミスだと思います。
バフェットの名言には、「正確に間違うよりも、大まかに正しい方がマシだ」という言葉があります。
誤った仮説に向かって正確に努力するよりも、なんとなく大局を捉える方が良いのです。
お金持ちになるために斜陽産業でめちゃくちゃ頑張るよりも、伸びている市場でそれなりに働く方が稼げたりするのと同じです。
仕事における判断や、投資における判断でもバフェットの「正確に間違うよりも、大まかに正しい方がマシだ」という名言はとても有益だと思います。
私も前田氏のミスを反面教師にして、日々過ごしていきたいと思います。
そして、日本株への投資によりバフェットへの注目が集まり、トンデモ本が量産されない事を願っています。
最後に、オススメのバフェット本を紹介します。
この本は、バフェットが毎年株主向けに書いている手紙の内容を抜粋・編纂したもので、バフェットの投資哲学を生の声に近い形で、網羅的に学ぶことができます。
ページ数が多いですが、これ一冊でもバフェットについてはかなり理解を深めることができると思います!